温度感のある景色

自分のために書きます。

これは手紙

夏休みに普段と違う経験をして活力にしたい。瞑想で自分がどんな状態になるのか体験したい。体感覚を養いたい。それだけの気持ち。
想像したら批判するのは簡単。でも恐怖は無知からくるもの。
分からないものに対して反射的に拒絶する家族の姿勢は残念に思う。


母親の言うことを聞いても、母親が私の代わりに人生をやってくれるわけではない。誰も助けてくれない。母親は私の倫理のものさしではない。
だから私は自分一人でちゃんと選択を出来るように、生活をできるように、ならなければいけない。そうなりたい。自分を自分で助けられるように。


私は土台となるべきものがなさすぎる。ときどき私は他の人と比べて欠けているみたいな感じがする。だからすぐ影響を受けて疲れる。寝てしまう。逃げてしまう。それはよくない。私の意図とも違う。
情報のスピードと容量はどんどん速くなる大きくなる。それに疲弊している私も私たちも。疲れていることにすら気づいてない。情報の奴隷なのかも?
社会なんて本当は一人一人の人間の集合。得体の知れないものではない。でもみんな、分かろうとしない。お金のためなのかなんだか、目に付いた選択肢から選んでいるだけ。先人のコピーをしているだけ。そんなことになるのはつまらないし、私が私として生きる意味がない。社会をこのまま繰り返して何になるの?イノベーションを起こした人だけが社会の方向性を変える?
社会はこれからどうなる?人間はどこへいく?
残念ながら答えは誰も持ってない。答えに近づきそうなフレームを私は大学で得られなかった。悔しい。だから自分で情報を取りに行き、体験している真っ最中。
一人の人間として生ききること。
社会とか他者はなんとなく適合するためのものではなく、目を凝らして見つめ自分に学びをくれるものである。と私は考える。
日々の中で見つめ直し、意識し直す必要がある。生きていること自体を。
社会から遠ざかるために十日間行くわけではない。むしろ、社会でもちゃんと生活できるために自分と繋がる術を身につけないといけない。


家族と話し合えていないのは残念に思っている。
文化が生まれる瞬間に立ち会ったり、人の想いが文化になっていく過程をつくったり、する仕事がしたい。つくる人と楽しむ人の間に立つ仕事。具体的には編集者、ライター、Webメディア、広告関連業。
独立または他業界でも仕事ができるくらいの能力が身につく会社。
この二つを基準に就活を進める。
親に頼まれたからその仕事をするなんて無責任なことはしたくない。

 

 

友だちも私に考えすぎと言う。
でも私は考えてしまうのだから。その答えをとことん探してすっきりするまで、例え答えがなくても諦めるまで、周りの人は待つしかないのでは?
分かり合わなくてもいいが、それは批判し合い決別することではない。

 

 

 

 

 

 

 

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というわけでヴィパッサナー瞑想にいく

辛くても途中で帰る家がないっぽい

まず今は心も台風すぎる、、