温度感のある景色

自分のために書きます。

「好き」が生まれる瞬間のことを

人に恋愛感情を抱く瞬間についての話がしたい

なんかこう、うん デリケートな話題な気もするけどさ

今度中高の子達で話してみようかな

なんか向こうが男やなって意識する時なのか、それとも可愛いなって思う時なのかとか

 

なんか昨日大学一年の時から仲の良い友達とお茶していて、いつも深い話がすっと出てくる間柄は心地よく、会ってなかったこの半年ほどの間の話をしていてふと頭を撫でたくなった。そんな自分に気がついた後、なんかこう、「うちら付き合う?」みたいな風が二人の間をかけた(表現がくさいな)瞬間があった気がして、

それがずっと今頭に残っている

その後海外に行くよ20代のうちにって話を聞いてすごく寂しくなった。

 

 

表題に戻すと、私はだいたい未来を想像するタイプで、その時の楽しさだけじゃないものも楽しくなってきたら頭から離れなくなると「好きだなぁ」と思うかも

それはラインが長く続くこととか、

一緒にいないのに思い浮かべてしまうとか、

そういうのと同じ類のものだと思っている。

なんていうか、共有する部分が増えていく感覚?

 

 

昔付き合っていた、とても好きだった人との今の関係は私がすごく大人に振る舞おうとしているだけで、付き合っていた当時とお互いほとんど変わってないなと思う。

それは私にとってすごくうれしいことだ。

別れた相手の幸せを願えることも、私の知らないところでも幸せになってくれるだろうと信用できることも。そして今後も、まぁ人間関係も被っているし、どこかでその報告をしあえるだろうということも。

だから、

今回、もし、もしも私だけの思い違いとしても、タイミングがあれば私から踏み込んでもいいんだろうなと思っている。

彼はそういうことに関して臆病だから。

今まで友達が恋愛関係になることへの気まずさってずっとどこかにあった気がする。今回だって、彼は気まずくなってしまう奴にも見える。

でもなんというか、そういう可能性もあるんだなーってはっとした昨日だったんだ。

 

まぁ未来を想像しがちな私に言わせると近い将来遠距離確定なのはどうなのって不安しかないけども。

つまり時間は永遠ではないなと急に焦ってみたりしてみないこともない。

 

どんな人が好きなの?ってよくされがちな質問だけど 結構それに自覚的になることって難しいだろうと思う

背の高さとか学歴とかいわゆるスペックで区切る人は多いけど、それはあくまで「条件」にすぎなくて「感情の力点」ではないだろうから。

 

自分の哲学をどうにか作ろうとしている、自分の与えられてしまったものに抗えない人には同じ苦しさを感じるかな

背は高い方が寄りかかれていいな

同じ空間で別々のことをするのは結構好きだけどどうしたって私は構ってもらいにいくだろう。それでも動じずにあってほしい笑

 

恋愛は思考より感情が先にきて、自分の知らない表情や、何も考えていない意味不明な行動が現れるから面白いし不思議だ。

恋愛している時の自分をかわいいなと諦めの目線で見ることさえあれど、自己嫌悪に陥ることは少ないように思い出される。

 

恋愛を自分から相手への矢印と捉えることも、また二人の間の関係性と捉えることも、一時の病にすることもできるけれど、

なんせ巷に溢れる"恋愛"、"彼氏彼女"、その像に私たちは影響されすぎているから

どうしたって「条件」ばかりあてはめ、自分の感情すら聞いたことあるものに当てはめてしまう。

 

そう、今この気持ちも、きっと「恋愛」はこういうものである、これを目指すべきだ、っていう所与の考えを踏襲したいから湧き上がるものにすぎない気がする

そこを間違ってはならない そこを見極めなくてはいけない

 

 

あーーー彼氏ほしいー笑

 

 

........

 

少しして思ったこと

 

名前のつかない、形容しがたい、「友達」というとあっさりしすぎる

そういう関係性の方が美しいのかもしれないな。