温度感のある景色

自分のために書きます。

言語化の練習の気分

誰を正しいと思うかはあなたの自由ですが、その正しさの根拠は理解しておくべきではないですか?

 

 

16,17の時に自分の範囲がどこまであったかが、その後の人生に大きく影響するのかもしれないなとふと思う。

サバイバル番組からデビューした可愛い少女たちと、かつて私の親友であり今は一生付き合っていくであろう友達を見ていて。

 

誰かが頑張らないとつなぎとめられないものがあり、その結果全員が奇跡に感謝し、誰かの頑張りには気づかないみたいな。集団の残酷さ。

 

事業を大きくすることによって得られる社会的信用。業界ナンバーワンを掲げることによる社内の団結。顧客満足度によって測られる社会貢献度。

 

多分私はこの社会がある程度幸せで満たされていることを知っていて、それよりもっと幸福になることよりも、この幸せに気づくことの方が重要なのではないかと考えている。社会課題を解決することは誰かがやってくれて、その逆にある役割としての余暇。

自分の感情に気づく時間。

 

夢の中で誰かに説教していた。誰もが思う幸福などないのだと。あなたはあなたによってしか幸せを感じられることはないと。

 

年収5000万を公言する人と初めて話した。本当に幸せなのかな?と疑問に思った。むしろ哀れんだ視線を隠せていなかったかもしれない。

数字を指針にすることは簡単だと思う。そして今の私にはそれはできない。もしかしたらそうなる未来もあるかもしれないけれど今は違う。

だって、あなたはその先に何を求めていくのか。もう求めるものがみつからないのではないですか。

 

社会見学のようで面白いけれど、何の疑いもなく声を張り続け笑みを貼り付けている人たちを前に、私も同じように笑みを貼り付けることを忘れないようにしなければと。それが多分”誠意”なのだから。

 

とはいえどの人も、就活生のしあわせな就活を望んでくれていて、ほら悪くない社会じゃないかと思う。

でも、そう思っている人がこんなにいるのに、仕組みが変わらないのは、この仕組みの中で自分の取り分を守ることに必死だから。

 

私むしろ世の中が5つくらいの会社だけになれば良いとさえ思うよ?

幸せのために働くのなら、それって可能なんじゃないの?

でもその幸せに金銭が動き続ける限り、それは無理で。

私はまだお金の大切さが分かってない。

 

生きている内に世の中はどう変わるだろう。

小銭って残っているだろうか。

男女別学は残るだろうか。

人々はどこから情報を得るようになるのだろう。

私たちの視力は聴力は身体はどうなっているだろうか。

民主主義はどうなっていくのだろうか。

 

予想できることと、できないこと。

関われる範囲と、そうでないこと。

人の幸せを願うことがすなわちお金を動かすこと。

 

 

何となく言葉を打ち込んでいくと気づく「最近お金について気になっているんだなー」「就活して見えてくる社会についてもっとアウトプットしたいなんだなー」

 

マイペースを保つために、自己決定の機会は増える。

自己決定と他の速度とのバランス。やらなければならないこと、体裁を整えること。

目的とは違うけれど落としてはいけない幾つかの指標について。

苦しくなってくるのが見える年末。

 

多面の中の一側面を膨張させる快感を覚えたい。

あと来年は恩返し、恩送りの年になるんだろうな。