平成しかしらない 令和は全て知ることになる
平成も残すところあと1日らしい
今日2時間くらい天皇のドキュメンタリーを見ていた。
なんか、すごく、徳の高い人っていて、それは生まれ持ってのものと自身が積んできたものと両方あるよなあと思った。
本当に、感動した。
私は天皇誕生日の生まれ(つまり誕生日が天皇と一緒!)で、いつも誕生日が祝日だったから、テレビも天皇の報道でつまらなくて、っていう思い出がある。
無宗教の人が多い日本人にとっても、象徴天皇はどこか特別な存在で、どうしたって丁寧な言葉で語られる存在だ。
でもその人は戦争を指揮した、そのムードを作った、たくさんの人が「天皇バンザーイ」って死んでいった人の子供だ。
それってどんなに重いことなんだろうか。
退位が決まってからドキュメンタリーを見ることが多くなり、関心を持って観た。
象徴とは何か、の模索。
決して当たり前のことを形式だってやってきた人では無いということ。
というか、私と同じく、人、であること。
それが当たり前では無い立場であったということ。
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お嬢様、とか、育ちがいい、とか、多分私は人よりもそれを意識して、意識させられてきた方だ。
幼稚園から私立の一貫校で育った人にとってはそれは「当たり前」で良いものでもなんでもないと中学の時に知った。”意識”している自分はある意味でレベルが低いんだなと思った。
今の私の中にそれはそこまで重要視する項目として置かれてはいない。育ち、家の大きさ、受けてきた教育と、親の収入。社会的地位。
でも、少なからず人を構成する要素としてそれはあるだろう、しかも選べない要素、生まれ持っての変えられない要素として。
一方で、私の中に今気になる要素として「自由」とか「ありのまま」ってワードがある。それはある意味では前者と対立するような要素であり、先天的にも後天的にも身につけられるもの。
でもそれを選ぶ時、いつも心のどこかで「本当にこれで良かったのか?」と自問自答する。本当に私がありのまま、自由でいることだけでいいんだっけ?
今の私があるのは、親とそのまた親と、その歴史の上に成り立っている自分であって、今この瞬間ばかり大切にしてしまっていいんだっけ?
私の母が繰り返し「どこに出しても恥ずかしくないお嬢様に育てたい」と私に言っていたことの意味
それは心の豊かさを育んで欲しかったからだと思う。
日々の暮らしを成り立たせることに必死になるのではなく、もっと別の楽しさを知ってほしい、と。
礼儀作法、古き良き習慣と、教養。品。
それらは「落ち着いていないと」つまり「自分の安全が確保されていなければ」養えないものであるから。
そして私は十二分に、安全な中で育った。
足りない足りないとずっと思って生きていたけど、確かに愛情表現が下手すぎる家族の元ではあったけれど、それでも全然十分すぎるくらいもらったと思う。
だからこそ思うことは、「それなりの生き方をしなければならない」、「私の子供世代にもこれを受け継がなきゃいけない」ということ。
少しずつ感覚が変化していく社会。
自然と変わっていく時代。
それが個人より早い速度なのか、遅いスピードなのかはわからないけど、そういったもの。
今年は年越しが二度あるみたいな感じ
区切りは人の背筋を伸ばす。新しさは人々をわくわくさせる。
平成最後の日 私は頬にできたにきびがかゆい
平成しか知らないんだもの
そして令和の全てを知ることになるだろう
楽しみね
おかしいね