温度感のある景色

自分のために書きます。

分からなさに「愛してるよーーー」って叫ぶことしかできない

頭の中でこれだけの声がしゃべっていて、これだけ辛くて、でもその辛さを乗り越えたくてこれだけ考えているのに、身体はただ満員電車でどこの誰か知らないスーツの男に囲まれているだけ。この人たちも何か目的があってこれに乗っていて、たぶんそれとは全く違うことを考えている。

 


目に見えないものの多さよ

分からないことだらけの世界よ

 

 

 

 


「私のことどう思ってるの?」

こんなこと、電話越しに聞くなんてナンセンスだ。

「で、さとみはどうだった?」

相手を目の前にしたって、やっぱり、暴力的な問い。

言葉にしてもらわなきゃ分からないなんて、そんな傲慢なことが許されていいのかなと思いながら、それでも、不安のままに。

「ほんと悪魔みたい、小悪魔どころじゃないよ」と笑われた

 


抱きしめられながら、これでよかったのかな?と思う。

私は何が欲しかったのだろう。

でもこれだけ誠実に触れてくれる人なんて初めて。

 

 

 

 


自分で命を絶って幸せだった人

天寿を全うして不幸だった人

残されていない歴史の数々

私が笑わせた人

私が悲しませた人

その他大勢の出会うことのない人間たち

 


なにが悔しいって、何もできないことだ

何かできたとしたって、あの頃ー本当に目に見えるものしか信じられなかったあの頃ーの私を救えるなんておこがましい。

だけど、だけどどうしても、

私は「出来るようになりたい」と望む。

「もっともっと見たい」と。

愛すべき世界、捨てたもんじゃない現代社会を、現実的に生きることを望む。

ただ目の前の人を幸せにしたいから。

ただ少しだけでも心を温められたら。

 


いくら情報を収集したところで、先人に学んだところで、インフルエンサーを模倣したところで、

体験だけが真実だ。

それしか、信じられないから。

 

この状況が楽しくなっちゃうんだもんなー

全部虚構であってもいいと思うのよ。

むしろ全部嘘で、全部夢であってほしいとさえ。

 

みんな頭ばっかり良くなってどこに行きたいのよ。

頭が良くなって褒められるのはせいぜい新卒の研修期間まででは?

みんな誰のために生きてるのよ。

(みんなと言いつつ何人かの顔しか思い浮かべてない)

 

 

 

自分と同じ人間っていなくて、共通言語って本当に手からこぼれ落ちてしまうもので、

本当に悔しく苦しく、でも、なんか、”諦めたくないのよね。”

「ああこういう人間なんだ」「伝わらないんだな」って思ってしまうことは簡単で、諦めて、期待せず。そういう関わり方を「気遣い」とする場面もあると思うし、必ずしもそれだけが人の賢さとも思わなくて。

 

何が言いたいかってもっと人に期待してもいいと思うんですよね

人って簡単に傷つくし、案外簡単に感情を捨てたり、もしくは死んだりすると思ってるんですけど

それでもそれを恐れて「気遣う」ことほど失礼なことって無いと思ってて。

 

こんな自分のスタンスをどうこう言われる筋合いもなく、

そもそも自分が人とどういう風に関わるのかを言語化している人なんてわずかしかおらず、

でもすごくモヤモヤしているのでここに置いておく。

 

本当に事実は小説より奇なり、って誰が言ったの?

まじで本当それなんだが?(キレ気味)

春の京都に行くのは一度でいいんじゃ!!!なぜ一回で用事を済ませられないの?一度1週間滞在すれば済む話だったのに!(多分違う)

というわけで、今年も、なぜか、二回めの春の京都へ。

三年連続春には京都に二回行かなきゃいけない。

なんでや本当にもう。

いや、不幸中の幸いは今度は目的が少し変わったことだよね。

ちょっとずつ人は変化する。

来年は社会人なんだからこんな無茶しないぞ。

安定したい。

 

 

背徳感が私を一番高まらせるのは事実。

 

お前はESで小指の側面を真っ黒にしたのか?

自意識ってなんなんだ 

こんなにいい天気の日に、気持ちのいい文章とそれっぽくしかし気持ちのいい音楽を聴きながら、どうして私は文章など書くのだ。

私多分一生文章を貪る側なのに。

 

 

人っていつから他者と自分の差異に名前をつけて諦めたり期待したりするようになるんでしょうね

私は確実にそれを自覚するのが早く、そして自分自身の立ち位置を理解するのは本当に遅かった。

それを全部環境のせいとか、教育のせいとか、するのが親的な立場の人のやることで、

だから私も”親的なもの”になる前に、そのかけらだけでも掴まなきゃなと思っている。

なぜって、子供に失敗させたくないからだよ。暴力的にでも幸せを浴びせたい。

 

 

 

人に何かを説く側の気持ちのよさ、を私はまだわからないけれど、でも早くそちら側に行きたいなと思っていた時期があった。

何年生になったら新入生に向けて登壇して自分の学生生活についてプレゼンできるだろうか、と。自分の切り売り、コンテンツ化。

質問箱とか完全にそういうやつじゃん。

 

私は別に正しい人間ではなくて、でもなんでも手を上げてしまうし責任者を買って出てしまうから、正しいを持っている人間として見られてしまうことをもう、もう、もうずっと認識していて。でもどうしたら良いのかわからないのよな。

マジョリティと研究者の間に立ちたい、とか堂々と言えてしまうくらいには想像力が乏しいから。

でも、他の人からどう見られるかとか、正解だけを歩きたいとか、そんなこと考えてしまったら、世界に対して何もできなくなる。

間違えてしまうし、悪い方向に進めてしまうかもしれないけど、それでも世界に作用していきたいし、誰かに憎まれたとて、これが一番いいパフォーマンスなんじゃないかなと思ってしまうので、、、。んー賢い女の子からの目線が一番怖いな。わかってることも多分伝わっていないからなあ。んーーーこんなのに傷ついているようでは一生このままなんだろうな。いやだな。

 

 

 

長電話付き合ってって言えてしまう自分は好きです、端的に言って。愛される態度で許されたような顔しているのわかってるよ、ある程度意図的に。

自分の範囲に人が入って来て、それが思った以上に心地よく、その部分だけに体重をかけてしまいたくなるようなそれ。性愛。

でも恋ってその突発性と身体的な安心だけじゃなくて、ちゃんと理性的にも嬉しくなれなきゃ成立しないと思ったり思わなかったり。まあ「タイミング」が一番強い変数なのはわかりつつ、それだけではやっていけないと思うから、まだ「恋」じゃない。

いやどっちでもいいけどね。(どっちでもいい、で終わらせようとするから私は書き手に向いていない)

ただ人生のうちにこんなに遠距離恋愛する星の元に生まれたつもりなかったからさ。恋人ないし好きな人との正しい距離感を掴まないまま社会人になりそうじゃない?

付き合ったり別れたり、もっと適当にできればいいのにね。

なんでなのさ。

いや命が有限だからなのは自明。

みんないい人になりたすぎだよ。私もいい人でありたいよ、無害で、都合よく愚痴を吐ける相手。多くを求めてこない人。適度さ。

 

 

 

 

王子様を待っているような女の子でもないし、

ノストラダムスの預言の後に自我を獲得した。

そんな世代の私であっても、何かひたすらに「改革」を待っていたんだな〜と気づいた最近。

システムを動かす人の良心だけを信じていたなあと。

自分は限られた社会しか見てないから、社会を語ることはできない?そしたら誰がみんなのことを考えるんですか?ジャイアンみたいな人だけ?それともスーパーマン?それに憧れたただ万能感だけがある男?

限られた人生の中で何ができるか、なんて本当に何にもできないことはわかっていて。それでも自分の幸せのための貯蓄ではなくって、消費でもなくて、「他者貢献」とかじゃなくて、ほら、、、、、!!!!

就活にあたり、これを適当に済ませることもできるなあとか思えてきてしまって、それでもなんていうか、諦めたらすぐ終わっちゃうんだろうなって思いました。

自分の食い扶持だけ稼ぐことはそんなに難しくないし、旦那さん一人なら無理かもだけど私共働きたいし、私の子供をぽんじょに入れてあげることもできなくはないと思う。実家だってあるし、一戸建てに住むことだってできるよ。

でも、多分、そういうことじゃないんだよね。

むず。

思考の枠組みは旧来のもので、そのまま新しいものに触れたとて、自分の思考で整理できなくて苦しいだけですよね。それはこの2年で学んだのよ。

 

 

 

私が文章を褒められるのは、ただ単に、みんなが書かない時に書いているように見えたり、一文で良いところを1ページ書くからだと思っていて、それが悲しい時が増えたな。もしくは一番よかった時の文だけを読まれたのかなとか思うから。私多分高校生の時の方が気持ちよく書いていたよ、小指の側面を真っ黒にしながら。

手を変え品を変え

はてブがご丁寧にメールで一年前の記事ですよーって送ってくれるから、いくつか読み返していたのだけれど、

私はどうしても文章の締めが下手だねえ

 

今でも覚えているのが小学3年生のとき、

その時の担任の先生は毎週作文を書かせて、それを学級通信に載せてくれる先生だったんだけど、(次の年に中学生に手を出して逮捕された)

校門を出てすぐの段差で転んで、鼻に傷作った時の話を書いて、傷になっちゃって痛かったって書いた後にどうやって締めたらいいのかわかんなくなって

「生命力ってすごいなあ」って書いたのね。

そしたら「生命力を感じられるおおらかさがあれば、大丈夫ですね」みたいなコメントをもらって。

 

なんかそのくらい、私の問題を書いた後にはなんか大きな話を持ってくるか、もしくは明日からこうしよう、みたいな変に型を気にしたやつになっちゃう。

あとは 〜だなあ うん みたいな感嘆詞?

 

 

まあいつも変わらずままならない人生について考えていて、いつもいくつかの声が別々のことを言うもんだから、結論はうまくでない。

 

今京都での3日間のことを書いていて、

なんせ帰って来てからそのことばかり考えてしまっていて、

ちゃんと一旦人目に触れる場所で終わらせたい。そしてここから。

 

春はいつだって複数のことが始まってしまう、同時に。

いつ種を蒔いたのかわからないところから、芽が出る。

ちゃんと育ててあげないと、なくなってしまうから。

ちゃんとその命にありがとうを言うために、

一つのことでいっぱいいっぱいになるわけにはいかないのです。

 

 

あ、令和だってね。

最初来た時「ラ行ってあり?日本語の音でなくない?」「女の子の名前みたい」って思った。

こんな瞬間人生であと一回あるかないかだから、おめでたいね。

 

 

 

就活解禁したってよ 

久しぶりに、人に読まれることを意識して書いたから、ネットの海にも落としておきますね。

いつもスターをつけてくださる方に届くかなーと。

note.mu

 

これから1ヶ月死ぬほど?エントリーシート書かなきゃいけなくて、結構しんどいな?
企業管理をスプレッドシートにまとめて、それはいいんだけど、締め切り管理全z年できんくて、それもアプリにするか適当なスケジュール帳作るか、悩むな。

なんかダダダダダって就活終わるんだろうな。ていうかいつもの私のまま生きてたら全ての締め切りを破って、一つも内定なく終わるだろうなwww 

ちょっといつもと違う自分になって、頑張りましょう〜

 

 

ちなみに先週末から喉が痛かったのですが、ついに鼻にきて、昨日今日は鼻をかむことしかしてません。二日連続家から出ないの久しぶりです。はい。ちゃんと生きていかないと就活も捗らないだろうね。 

 

1月も半分過ぎた

卒論提出を諦めたら単位全て落としそうになってて課題を先延ばしにしていたらES提出にメンタルが間に合わない事態になってる。

この前の三連休なにもやらなかった。本当になにも。家にいた。笑

 

 

就活ってメンタルと行動の足並みを揃えるのくそ難しいなってもう何年も前から気づいていましたが、本当にそれにやられている感がある。ゆうて私のメンタルの様子伺ってたら何にも出来ないから足だけとにかく動かしてみたりもするのですが、結局言葉がついてこないのよな。

 

小さい頃からずっと憧れていた職業にまっすぐなることの難しさを感じてる。友達が何人も本当に難しい、倍率の高い職業についていて、つくことになって、本当にすごいなと。

なにがなんでも欲しいもの」って私にはあるのだろうか。

 

成功する可能性がいくらか高いものしか取り組みたくないんだなと思った。

思えば中学受験だって有名な難関校にイマイチ魅力を感じなかったのは自分が受かりそうになかったからなのかなみたいな。「私らしくない」って要するに私がなれそうな見込みがないってことなのかな、とか。

 

でも私がそれっぽかった 時ってあったはずなんだよね

なのにそこに対する努力をしてこなった。そう認識して悔しくなるこの瞬間も努力をしていないこと。

 

ふと今、1日1日が良くなるようになるといいなって久しぶりに感じた。初めて感じたことではないと思う。すぐ忘れる類のアレだ。

三連休のように、1日を生きた実感のない日を重ねると、何かできたことは尊くなるけどでもその一つ一つを積み重ねることを忘れるなと思った。ほぼ日5年手帳またつけるようにしよう。

 

できなかった理由を立てることは簡単だけどね。

でも、  の先が続かなかったわ。

 

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文体変えよ

三月にグアム行くから水着買ったから痩せねばと思って、久しぶりに身体を気にしようと思っている。「ていねいな生活」じゃ。

でも私一度も痩せたことないんだよね人生において。体型が変わらない。全身タイツきることになった演目でもなんら変わらなかった。だって痩せようとしたら普通に体調悪くなるし笑 結局たくさん食べて甘いのも食べるんじゃ!むしろこれがベスト体型な説ある。変わらないし。

なんの話しよる笑

 

「選考結果をお送りしましたのでマイページからご確認ください」のメール一通だけきてる時は全部落ちてて、受かった時は通過連絡と次の選考予約のメール2通くる。っていうのが私の定石だったのですが

今日崩された。ちゃんとマイページみてよかったわ笑

インターンって2月までじゃん!って気づいて結果びっくりしてる。2daysのやつとか3days2つくらいは出たいぞ?今から間に合うやつあるのかなないかな  はぁぁぁ(ため息)

明日焼肉行くことになった!焼肉ずっと行きたかった!唯一一人で行けないやつ!一人じゃ食べれないもん。今日はお腹痛くて焼肉の気分でないけど明日は焼肉の気分にしよう。調整してこう。

 

こんなところで。

ねれねーーーーーーー

 

人ぞれぞれの回避術

「慰めること」に助けられてきたなと思うのです。

自分の悲しみよりも大きな悲しみを目にすると、自分の悲しみはどうでもよくなり目の前の大きな穴、冷たくなり固まりそうになっているそれに、なんとか温度を捧げないかと。なんとか抱きしめてあげられないかと思うのです。

そうしているうちに、自分からやっと目をそらすことができて、生きていける。

 

自分が一番自意識を拗らせ”メンヘラ”だった時、ツイッターにいた女の子。

3,11の時泣き叫んでくれた友達。

最近好きになって好きでい続けてる人たち。

彼女ら、彼ら、がいたから私はなんとか人の形を保っているのかもしれないとすら。

自分は何もできないのに「大丈夫大丈夫」「あったかいもの飲んであったかくして寝てね」なんて。その言葉を選べる自分に酔っている。

そしていつでもこちらを向いてほしいと思っている自分もどこかにはいる。私だって我慢している、を矜持として。

 

これは一人っ子の世界観なんじゃないかなんて思ったりする。

自分の感情が絶対だった世界が長くて、大人になることは平気なようにすることなんだと勘違いして育ってきたから。

これが兄弟がいたら「あなたも辛い、私だって辛い」となるのでしょうけど。

 

だから私の世界に誰か他の人がいることが、それだけで助けになるよ と言いたい。

みんな私に世界を見せてくれ。あなたのいるそこはどんななの?苦しくたって教えてほしい。それが私のためだから。

それくらい私は自分勝手だし自分ばっかり大事な人間です。

でも一人だけでは意味がない。何にも。