温度感のある景色

自分のために書きます。

12月に運気が上がるって占い師に言われた

ああ今メンタルだめなんだなーお疲れなんだなーそうだよねー慢性的なストレス要因ばっかりだもんねー 

と自分に声をかける

環境は整っていて機会も得ているのにここより先に行けない自分はなんなんだろう

と声が言う

どうしたらその先へ、行けるのだろうか

そんなこと考えている時点で思考のフレームが間違ってるんだよ

 

否定に次ぐ否定

否定してしまっていることに対する怒り

ぐちゃぐちゃしてる悔しさ

だめだだめだ

安いイヤホンを買ったらBluetoothが繋がらない

ツイートに反応する自分

反応反応反応

 

こんなことで負けてたまるか

「負ける」という概念があること、、

こんなフェーズじゃだめなんだ

もっと広く大きく捉えたい

泳げる遊べる自分になりたい

 

なれない自分、不完全な自分

それのまま生きていくことを受け入れ「なくちゃ」と思ってしまう

いつまでこの段階なの?逃げて逃げているから?どーせ母との関係をやり直せとかいわれるんだよ

そういう度、今の自分がだめだと言われているようで

 

中学生からずっと同じフレームの中にいる。

少しずつ抜け出せる時と、足を引っ張られる時がある。

「ふつう」にやれてる人はどうしてるんだろう

愛が足りない?

そんな風にいうなよ大事な家族なのに!!!

 

こういう自分をちゃんと愛してあげたいし

でも時々めんどくさいうざい死んでほしい

生きていくって全然簡単じゃない

お金を稼ぐことはいったんすみにおいているわたし

えーーー無理だよーーー霞む視界

 

学問って一つの世界の見方、フレームだと思うの

それを獲得できなかった自分への悔しさ

持たざる物を妬んでそれが欲しくって就職しようとしてる

そこでも得られなかったら?

ずっと不満足な人生?

 

 

物語が進展しない

堂々巡りだ

次の章へ行こうよ森へ行こうよ

 

オセロも何もゲーム全てが苦手だ

頭いいことは頭いい人が考えればいい

本当に頭がいい人っているもので、同じ日本語を話しているんだけど全然ぜんぜん話し方が違う。少なくとも言葉選びの精度が高い、というか語彙が多いというべきか、、、。

 


だから最先端の研究をするひとは少ないだろうけど既にいて、

沢山のお金を運用する人もいる。

その人たちがいつ、どのタイミングで、その方向へ舵を切ったのかは知らないんだけど、不思議とそういうものらしい

 


でも、だからといって、ぜーんぶお任せというのはどうだろうか?

何年に一度の選挙に一票投じるだけで政治参加と言えるのだろうか?

 


全く興味がない人もいるよね、世の中について。

政治や海外の動きやテクノロジーの進化はその人にとっての世の中じゃないんだろう

でも知らない間に書類が増えたり、手当が来ることもあれば給料が減っていたり。

 


社会を動かす人だけがえらいの?

というか、誰が社会を動かしているの?

 


上手い生存戦略は広く共有されている

偏差値の高い名の知れた大学に行くといいよ

大企業に所属していればお金を貸してもらえるよ

 


でもそれがなんでなのか分からないで選択することほど悔しいことはなくないか?

というのが私の主張で思想で。

 


生まれつき華がある子を羨ましく見てきてそう思うようになったのかなぁ

派手なグループほど仲間はずれも多くてそれを見ていたからかなぁ

 


なんか、拙くてもよくて

間違っていてもよくて

それでも私の生きている今として、私以外のものについて、私以外の人について、めくるめく感情について

思いを馳せつづける人生にしたい。

 


それをどうしたら実現できるだろうか

 

 

 

 


つくる人もごまんといる

 


個の時代の次に来るのはきっと対話できる間を取りなす人で、

でもじゃあなんのメガネがあればその場所を探せるか、

ポジションとってニッチな人材になれるのか

言語化の練習の気分

誰を正しいと思うかはあなたの自由ですが、その正しさの根拠は理解しておくべきではないですか?

 

 

16,17の時に自分の範囲がどこまであったかが、その後の人生に大きく影響するのかもしれないなとふと思う。

サバイバル番組からデビューした可愛い少女たちと、かつて私の親友であり今は一生付き合っていくであろう友達を見ていて。

 

誰かが頑張らないとつなぎとめられないものがあり、その結果全員が奇跡に感謝し、誰かの頑張りには気づかないみたいな。集団の残酷さ。

 

事業を大きくすることによって得られる社会的信用。業界ナンバーワンを掲げることによる社内の団結。顧客満足度によって測られる社会貢献度。

 

多分私はこの社会がある程度幸せで満たされていることを知っていて、それよりもっと幸福になることよりも、この幸せに気づくことの方が重要なのではないかと考えている。社会課題を解決することは誰かがやってくれて、その逆にある役割としての余暇。

自分の感情に気づく時間。

 

夢の中で誰かに説教していた。誰もが思う幸福などないのだと。あなたはあなたによってしか幸せを感じられることはないと。

 

年収5000万を公言する人と初めて話した。本当に幸せなのかな?と疑問に思った。むしろ哀れんだ視線を隠せていなかったかもしれない。

数字を指針にすることは簡単だと思う。そして今の私にはそれはできない。もしかしたらそうなる未来もあるかもしれないけれど今は違う。

だって、あなたはその先に何を求めていくのか。もう求めるものがみつからないのではないですか。

 

社会見学のようで面白いけれど、何の疑いもなく声を張り続け笑みを貼り付けている人たちを前に、私も同じように笑みを貼り付けることを忘れないようにしなければと。それが多分”誠意”なのだから。

 

とはいえどの人も、就活生のしあわせな就活を望んでくれていて、ほら悪くない社会じゃないかと思う。

でも、そう思っている人がこんなにいるのに、仕組みが変わらないのは、この仕組みの中で自分の取り分を守ることに必死だから。

 

私むしろ世の中が5つくらいの会社だけになれば良いとさえ思うよ?

幸せのために働くのなら、それって可能なんじゃないの?

でもその幸せに金銭が動き続ける限り、それは無理で。

私はまだお金の大切さが分かってない。

 

生きている内に世の中はどう変わるだろう。

小銭って残っているだろうか。

男女別学は残るだろうか。

人々はどこから情報を得るようになるのだろう。

私たちの視力は聴力は身体はどうなっているだろうか。

民主主義はどうなっていくのだろうか。

 

予想できることと、できないこと。

関われる範囲と、そうでないこと。

人の幸せを願うことがすなわちお金を動かすこと。

 

 

何となく言葉を打ち込んでいくと気づく「最近お金について気になっているんだなー」「就活して見えてくる社会についてもっとアウトプットしたいなんだなー」

 

マイペースを保つために、自己決定の機会は増える。

自己決定と他の速度とのバランス。やらなければならないこと、体裁を整えること。

目的とは違うけれど落としてはいけない幾つかの指標について。

苦しくなってくるのが見える年末。

 

多面の中の一側面を膨張させる快感を覚えたい。

あと来年は恩返し、恩送りの年になるんだろうな。

 

知りたいことを知れない大学なんてクソだ

 

でも何を知りたいかをはっきりさせるための知識すら自分にはなかったんだ。

そう思うと、なんとも悔しい。

 

3年前からわかってた。でも、それに対して「努力」する勇気がなかったんだと思う。

 

だって、泥臭いことだってわかっていたから。苦しいことだって。

 

なんだって一人きりで自分のために努力することほど辛いことはないから。

 

卒論の調べ物をするたびに、自分が大学選択をミスったことを思って

変な汗が出る。体温が上がる。

 

私はどこへ行ける?どこまで行ける?

真実を探すことを諦める方が先なのかもしれない。

自己防衛のために。慢性的な幸せのために。

北斗七星が欲しかっただけなのに

誰も私の人生を他に肩代わりして歩んでくれる人はいない

だから私はこの試練をちゃんと乗り越えないといけない

それこそ私の使命かもよ???

逆方向に強行突破じゃだめだった

正面の入り口も開いてないのさ

順番?順番ってなに??

 

いつも

ああ私がだめだった足りなかったって自己否定して

娯楽に逃げて活力を生んでなんとかその自己否定ループから抜けて、

そしたらもう向かう活力は残ってない

 

そんなループが嫌で、

ちゃんと本来の私の力を私の道を歩むために使いたくて、

瞑想も一つ知恵だなぁと思ったのにな。

 

見たことのない景色を見たいよ

同じ未来はうんざりだよ

 

また私ばっかり頑張らないといけない?強くならないと?大きくて賢くならないと?

もう頑張れないよーって声が聞こえる

ここで心の傷を可視化しよう!なんてしたらまた後戻り

我慢しなくていい呼吸を続けて

助けを外に求められるようになりたいね

それが今迫られていることなのかもしれない

 

 

強くなれ強くなれ 現実がもう一つの道しかなさそうに見えてきて、あと私が私にかけられる声はそのくらい。

でも

違う未来があるはずなんだ

 

 

北斗七星が欲しかっただけ

いつも立ち戻る術が欲しかっただけ

 

こんな人生どっかに捨ててしまえなんて絶対にしないしたいと思ってもしない

生きるために、生きていくため、この先長い人生を歩むための、試練。学び。学び大好きでしょ?

時間で鎮痛するんじゃなくて、

少しずつでいいから手術しような?切り開こうな?

 

 

今は無理かも

自己共感

頑張ろってすぐ思っちゃうな

いいよ頑張らなくても完璧だよ

面白いじゃんこの人生

味わい尽くせよーーーー!!

これは手紙

夏休みに普段と違う経験をして活力にしたい。瞑想で自分がどんな状態になるのか体験したい。体感覚を養いたい。それだけの気持ち。
想像したら批判するのは簡単。でも恐怖は無知からくるもの。
分からないものに対して反射的に拒絶する家族の姿勢は残念に思う。


母親の言うことを聞いても、母親が私の代わりに人生をやってくれるわけではない。誰も助けてくれない。母親は私の倫理のものさしではない。
だから私は自分一人でちゃんと選択を出来るように、生活をできるように、ならなければいけない。そうなりたい。自分を自分で助けられるように。


私は土台となるべきものがなさすぎる。ときどき私は他の人と比べて欠けているみたいな感じがする。だからすぐ影響を受けて疲れる。寝てしまう。逃げてしまう。それはよくない。私の意図とも違う。
情報のスピードと容量はどんどん速くなる大きくなる。それに疲弊している私も私たちも。疲れていることにすら気づいてない。情報の奴隷なのかも?
社会なんて本当は一人一人の人間の集合。得体の知れないものではない。でもみんな、分かろうとしない。お金のためなのかなんだか、目に付いた選択肢から選んでいるだけ。先人のコピーをしているだけ。そんなことになるのはつまらないし、私が私として生きる意味がない。社会をこのまま繰り返して何になるの?イノベーションを起こした人だけが社会の方向性を変える?
社会はこれからどうなる?人間はどこへいく?
残念ながら答えは誰も持ってない。答えに近づきそうなフレームを私は大学で得られなかった。悔しい。だから自分で情報を取りに行き、体験している真っ最中。
一人の人間として生ききること。
社会とか他者はなんとなく適合するためのものではなく、目を凝らして見つめ自分に学びをくれるものである。と私は考える。
日々の中で見つめ直し、意識し直す必要がある。生きていること自体を。
社会から遠ざかるために十日間行くわけではない。むしろ、社会でもちゃんと生活できるために自分と繋がる術を身につけないといけない。


家族と話し合えていないのは残念に思っている。
文化が生まれる瞬間に立ち会ったり、人の想いが文化になっていく過程をつくったり、する仕事がしたい。つくる人と楽しむ人の間に立つ仕事。具体的には編集者、ライター、Webメディア、広告関連業。
独立または他業界でも仕事ができるくらいの能力が身につく会社。
この二つを基準に就活を進める。
親に頼まれたからその仕事をするなんて無責任なことはしたくない。

 

 

友だちも私に考えすぎと言う。
でも私は考えてしまうのだから。その答えをとことん探してすっきりするまで、例え答えがなくても諦めるまで、周りの人は待つしかないのでは?
分かり合わなくてもいいが、それは批判し合い決別することではない。

 

 

 

 

 

 

 

-----

というわけでヴィパッサナー瞑想にいく

辛くても途中で帰る家がないっぽい

まず今は心も台風すぎる、、

 

 

最後に己を支えるのは正しさなのか

うちの家族は正しさに囚われている

誰があなた方に正しさを許容したのか

正しくない人たちが先へ行くのを、美味しいところを持っていくのを、知っているはずなのに

それでも正しさしか彼らが縋るものはないみたいだ

正しさのために身を粉にしている

正しさであることだけが彼らの誇りでそれのためには自分の感情などどこかへ捨て去ってしまったみたいだ

 

私は知っていたそういう家族であること。

でも元凶は祖父で母は人の心を持っていると思っていたのに。

少なくともその正しさから幼い私の鮮やかさを守るために教育費をかけたのではなかったのか

貯金をはたいたのではなかったのか

 

私は知っていた

だから私だけは感性を広げていくこと

思いっきり声を上げること

やめなくていいと思っていた

 

まさか、

まさか、もういいでしょと言われるなんて思ってもみなかった

 

 

うちの母は昔から、大事なことを寝息をたてている私の横でまくしたてる

言葉の「圧」だけが私に残る

 

 

分からないことは恐怖?

割り切れないことは悪?

 

そう善悪の定規を持ち出している時点で私も正しさに囚われている

もっと純な「正しさ」があると思いたくて仕方がない

 

 

 

変われない

変わらない

代えられない

なんど泣きながら自分に言い聞かせた夜があったのか

私はすぐ忘れる

ちゃんと愛されていたと涙を流したことを

私はすぐ忘れる

周りに人がいたことひとりじゃないと感じられたことを

私はすぐ忘れる

 

何度でも思い出すためには、

心はちゃんと柔らかくしておかなくちゃいけない。

こんなことで、こんなところで、

泣きながら、ボロボロに傷つきながら守ってきた心を

手放すわけにはいかないんだ。

いかないんだ。

 

 

 

自分の頭だけで考えてきた結果が「正しさ」なんだよね

自分で責任を取ってきた結果が「正しさ」なんだよね

それすら揺らいでしまったら壊れてしまう崩れてしまう

知ってるよ

なぜだか私もそうなってしまっているからね

 

 

2016年4月7日の池袋病院を最近よく思い出すよ

あの日ちゃんと門限に帰ったよね

1週間毎日看護師さんが年配のおばちゃんで「きれいにできてる」って言ってくれてその言葉だけで生きてたね