温度感のある景色

自分のために書きます。

関東で雪が降るのはシーズンに1度くらいだよね

誰とも本当には繋がれていないじゃないか。その証拠に今この瞬間誰も私のことを気にかけていないじゃないか。

と思う時と

世間から切り離されて、自分から世間を切り離して、時間軸にお惑わされないでいる瞬間が何とも言えず穏やかで、心地よく、この時こそ自分は自分である

と思う時と

どちらも私。

 

今期も単位を落とそうとしている2授業分

いつも折り返してからやりたくなくなる。その瞬間他に大切にしてたいことや、どうしても寝ていたい気持ちになったりとか、まあそのような、自制心があればどうにかなりそうなことでもありつつ、そうでないとも言える。

その波から抜けて、社会に出てやっていけるのかな?とふと不安になったりする。

 

どうなんだろうね

そんなの誰にもわからない。

未来の不安と繋がったってマイナスなことしか溢れて来ない、今と繋がることが最もパワフルだと、私は「言われて」

それは「言われた」だけのことで

でも信じてみたりする。

 

もう少しタフな大人になるんじゃなかったの?と自分に問うてみたりして、

でも鮮やかで儚い女の子はプライベートが謎なものだよとか

それは小説の中の話で、小説の中だからこそ美しいと思う時もあれば、いやそれは描かれたか描かれなかったかの違いにすぎないと思う時もある。

 

大きな「夢」みたいなものがずっと遠くにあると思っていたのだけれど、いつのまにか手放しているかもしれないなと

目の前の化粧品を買えるか とか ショーウィンドウのあのバッグを一つだけ欲しい とかそんな「目標」のようなものはいくつかあれど、

大きな「夢」って無いかもしれないな。

それはきっと私一人ではなし得ないことだから。誰かとの関わりの中で、社会の流れの中で、つまりは揺らぎ続ける中で叶っていくものだから。

意識としての私がいくつもに分かれていろんな人を思いやれるようになっていって、それは過去の私や母親だったりもして、そこから生み出されるものはきっと愛だなあとか。

いつか生成されるとわかっているものは無理くり今すぐ創り出さなくてもいいよなあって。

こうしなきゃいけない!を手放しても、なんとか社会と関わり続けられるのでは無いか、という人体実験をしてやりきりたい気持ちと、

でもちょっと過去に頑張っていた自分の苦労が報われて欲しいような気持ちと、

出会いとかタイミングだから今一人ではどうにもならないよって気持ち。

 

今 一人。